社会

杉田水脈議員LGBT問題を見て日本社会における自由を考える【日本未来の会】

杉田水脈議員の活躍で一躍ブームになりつつあるLGBT問題(いろいろ言い方はありますが要は同性愛者)について所感を述べようと思います。


日頃の議員活動で気に入らない言動も多々ありますが、今回の杉田水脈議員の発言は同感で賛同します

だって事実、同性愛に子孫を残すという生産性なんて存在しないのは確かでしょう。
子孫を生み育てる行為も人間の社会的責務であり生物としての本能ではないでしょうか?

日頃マスコミは少子化問題を問題視し政治を批判します。

先日、このままでは一人の老人を一人の若者が支える社会が来ると警鐘を鳴らす記事を目にしましたが、その記事を書き、現内閣の政策を批判しながら、杉田水脈議員の生産性発言を批判する、この事に整合性はあるのでしょうか?

私は明らかなダブルスタンダードだと認識します。

よく【多様性】【自由】というキーワードが出てきます。

当然好きだという自由は存在します。
しかし同時に嫌いだ、気に入らないという自由も存在します。

宗教もそうです。
私はどの宗教にも属していません。
しかし各個人が抱く信仰心は尊重しています。
日本には宗教の自由が存在します。

しかし、自分の思考を正義と決めつけ、自分とは違い、宗教を信仰していない人間を悪として攻撃し、相手の自由を尊重しない人間に宗教の自由を口にする権利はありません


この宗教の自由には特定の宗教を信仰する自由があると同時に特定の宗教を信仰したくない自由も含まれていると認識します。


喫煙もそうです。

嫌煙者、喫煙者双方の自由が守られて初めて社会の中での自由というものが存在できるのです。

今、杉田議員を誹謗中傷している連中は片方の自由を踏みにじり、自分の価値観をほかの人間に強要しているのと同じです。

これは社会の自由に対する破壊行動であって私は絶対に許せないことだと認識します。

杉田水脈議員LGBT騒動を見て社会の自由を考える
https://www.youtube.com/watch?v=_6cL3lnEq48



朝日系AERAが他紙に便乗し杉田水脈議員を観相学を引き出し「幸せに縁がない」と人格攻撃する記事を公開しましたが、謝罪して即記事を削除しました。


参照記事:杉田水脈氏の顔が「幸せに縁がない」!? AERA編集部、「観相学」記事炎上で謝罪

https://www.j-cast.com/2018/07/31335182.html?p=all

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問題の削除されたAERA記事のキャッシュ
https://archive.is/kYegC

(以下引用)

杉田水脈衆院議員の顔は「幸せに縁がない」? 観相学で見てみたら・・・

「『LGBT』支援の度が過ぎる」と題した月刊誌「新潮45」への寄稿で、持論を展開した自民党の杉田水脈(みお)衆院議員(比例中国ブロック)。これまでも「男女平等は、絶対に実現しえない反道徳の妄想」「『待機児童』なんて一人もいない。待機しているのは預けたい親」など極端に偏った意見で物議を醸してきた杉田氏は、どんな人物なのか。嘉祥流観相学会代表・岡井浄幸さんが杉田氏の顔を、観相学的に読み解いた。

*  *  *
 杉田議員のお顔は、まず全体の印象として「幸せに縁のない」お顔。額は前頭葉に直結する部分、良い気も悪い気も、ここから取り込み、また放出する大切な場所。それが、長い前髪でおおわれてしまって、入る・出るが滞っている。

また、額を出した写真を見ても、政治家としてあまり良い額をしているとは言えません。

まず、眉から生え際まで、額の高さはたっぷりあります。これは非常に頭がよく、情報が豊富であることを示しています。
額が後退することなく、むしろせり出しているので行動力もあります。

ですが、問題は額の幅としわです。
この人の額は左右から生え際が迫ってきて、額全体が三角形。非常に幅が狭い。これは物事をネガティブにとらえがちな人の額です。世間が広く、多様な価値観でゆったりものがみられる人の額は高さとともに幅もあります。

 また、額のしわ。3本あるとすると、真ん中が自分自身、下のしわが自分の家族や所属する会社、チーム、組織。
そして上のしわは社会性、国家、より広いパブリックとのかかわりを示します。

 そのしわがどうあるといいのか、っていうと、まっすぐであること、深くくっきりしているのが理想です。

 たとえば安倍首相は非常にしっかりとしたしわがあります。
とくに真ん中が深く強いところを見ても、強い自我をお持ちでしょう。
この方の場合は、額のまんなかでしわが途切れている。まっすぐとはいえず、たるんでいる。しわのたるみは、甘さです。特に自分に甘い。中央が途切れているのは、確たるものがない弱さ。

 それから耳。耳の輪郭部分を耳輪といいますが、この人は内輪(耳の内側)が外輪よりも出ているんです。こういう人は非常に自我が強い。自分が自分が、と持論をひたすら推し進める。
それでいてこの方の耳たぶは非常に弱い。耳たぶは人格を表します。持論を強く押し出すわりには人望がないのです。
そして眉毛。眉毛は前頭葉に直結していますから、心のもちよう、ありようがそのまま出ます。この人の眉毛は、眉頭から一気に上昇して、非常にきつい印象です。これは戦いの眉。攻撃的です。ですが、眉毛自体は決して濃くはない。なので見る人はごまかされてしまうんです。

 心や頭が乱れているとき、眉毛も乱れます。毛の流れを整えるだけでも他人に落ち着いた印象を与えるものですが、この人の眉毛は、たぶん毛流れが整わずぼさぼさでしょう。

 鼻は鼻梁が始まりから高い「君子鼻」。鷲鼻、とまではいいませんが、始まり部分から高いですよね。こういう人はとにかくプライドが高い。

 口元は、とにかく口角が下がっている。不満顔。批判口。物事のネガティブしか見ない、言わない。たとえ言っていることが的外れでなかったとしても、ネガティブな表現をするから受け入れられない。やや受け口で、下唇が突出している。こういう人は実行力はあるが、考えずに突っ走る傾向がある。

 象徴的なのは目元。目じりが浅く、愛情に縁がない人です。本人の愛情も浅く、また、これまでたっぷり愛されてこなかった人かもしれません。
総じて言えるのは、目も口も、正面から見ると右上がり、左下がり。顔を左右半々に見比べるとわかります。右半分の顔は非常に強くて攻撃的。左半分はにぶいです。これは左脳が異様に強い証拠。よく、左脳の血管がつまると右に麻痺が、右が詰まると左に麻痺が出ますよね。

 顔も同じです。右が吊り上がっているということは、左脳優先で動いているんです。

 知性もある、頭もいい。けれど、人の情がわからない。多様な価値観が理解できない。人間という多様なものがわからない。

 この人は政治家になるべきではなかったかもしれません。頭がいいだけでよいなら評論家とか。政治家は公の立場に立って、あらゆる人の事情や感情をくみとって、最善を尽くすために努力するのが仕事のはず。

 愛情に乏しく、人の感情や情動にうとい人が上に立つと、理論的には間違っていなくても、人の役には立てないことになりますよね。(構成/ライター・浅野裕見子)

岡井浄光(おかい・じょうこう)
2006年、嘉祥流観相学会導主・藤木相元氏に師事。大導師として、観相学、姓名学、開運脳メイクのアドバイスで講演やテレビ・ラジオへの出演多数
(引用以上)


お〜お〜
ついに朝日新聞や左翼は人相占いを政治に対する批評の世界に持ち出してきたのか
(笑)

ここまでくると、事実を検証しての批判でもなんでもない、ただの気に入らない人間に対する紙面を使った暴行だなぁ~と思います。

しかしこれは、事実の検証も何もない、自分の気に入らない言論を潰してしまえという個人攻撃以外何物でもありません

しかも笑えないのが日頃、言論の自由、報道の自由と声高々に言っていてそれを率先して守るべきマスコミがこんなことを行っているという点です。

確かに政治家の言動をチェックし批判する事はマスコミの役目です。
しかし、自分の気に入らない言動を事実検証せずに悪として糾弾するといった風潮は、日本社会にとってあってはならないと思います。

これらを見て、私は今の日本に自由というものが破壊されていると危惧するものであり、先人の方々が権力と戦いながら勝ち取った日本社会での自由を国民の手に取り戻すためにこれからも訴えていく所存です。

日本未来の会 桑野繁樹


【自戒を込めて】信用を得るのは一生、信用を失うのは一瞬

時間を守るという事。

最近はアルバイトをする若い人間が勤務日当日にいきなり自己都合で当然のように勤務キャンセルしても悪びれる様子もなく、言ったんだから休めて当然だと言わんばかりに休む行為が増えているようです。

一見軽く思う人もいるでしょうが、アルバイトとはいえ、社会で一度相手と自分で決めた約束、つまりこの時間を守るという相手との契約と同じで、どんなご立派なことを言ってもその契約を破る人間のことを信用して事を共にできるか?という話になります。
その信用失墜は自分が背負うことになる事を当人はいったいどれだけ理解しているのでしょうか?

あと一度言ったことを反故にする人間もよく見かけます。

ひどいケースになると政界での(自称)政党が選挙に立候補しようという個人と交わした約束を自分たちの都合で一方的に反故にするケースもあるようですね。
(特にトップダウン体質の小さい組織によくある話だそうです)

しかし選挙立候補者当人は、その言葉を信じてその計画で仕事をやめて自分の生活を投げうって事に当たろうとして、突如はしごを外されたときの絶望感は本人しか理解できない地獄かもしれません。

日頃どんなにご立派な言論を語っていても、そのような信用するに値しないような行いをするような人間の言っている言葉に力は籠らず聞くに値しないという判断をされ、こんな人間とは共に事に当たれないという目で見られるだけに終わると思います。

政党、政治家が言う言葉に対する信用を失ったら死を突き付けられているものと同じだと思います。

信用を得るのは一生、信用を失うのは一瞬

私たちはどんなにご立派な言論を言っても、その土台になる信用なくして人から支持は得られないということを肝に銘じていかなければならないと、この田中角栄氏の話を見て感じた次第です。
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教訓
言ったことは命懸けで実行しろ。
出来ないことは言うな。



学校いじめ問題を考える【日本未来の会】


先日神戸市で起きた中学3年の女子生徒がいじめによる自殺に対する聞き取り調査のメモを学校関係者が隠ぺいするという報道がありました。


参照記事:

中3自殺、メモ隠蔽を指示=「事務処理煩雑」と神戸市教委担当者

https://www.jiji.com/jc/article?k=2018060300465&g=soc

2016年に神戸市垂水区の市立中学3年の女子生徒=当時(14)=が自殺した問題で、他の生徒から聞き取ったメモがあったのに、市教育委員会の担当者が当時の校長にメモの隠蔽(いんぺい)を指示していたことが弁護士の調査で分かった。市教委が3日、記者会見して公表した。

 調査報告書によると、教員らは女子生徒が自殺した5日後、他の生徒6人と面談。具体的ないじめ行為などを記したメモを作り、校内で保管していた。
 
しかし、当時の校長は17年3月、市教委の首席指導主事の指示に従い、情報開示を求めた遺族に「メモは存在しない」と回答。遺族が神戸地裁に申し立てた証拠保全の手続きでも、メモを提出しないよう指示した。
 
報告書は、首席指導主事が「メモが明らかになれば、再度の情報開示請求で事務処理が煩雑になる」と考え、当時の校長も「遺族の反応を心配し、メモをないことにしてやり過ごしたいと思った」と推認。一連の行動を「誤った対応で非難されるべきだ」と結論付けた

 

参照記事:神戸・中3自殺 市教委、校長にメモ隠蔽指示「先生、腹くくってください」

https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201806/0011321980.shtml


事務処理が煩雑になる-。2016年10月に神戸市垂水区で起きた中学3年の女子生徒=当時(14)=の自殺を巡り、神戸市教育委員会の首席指導主事が当時の校長に、直後の聞き取りメモの存在を隠蔽するよう指示した理由は、遺族にとって「信じられない」ものだった。何度も訂正する機会はありながらうそにうそを重ねた対応に、市教委幹部らは「縦割りなど組織的風土の問題」とうなだれた。

 問題の発端は、17年1月の情報開示請求だった。当時、一貫して遺族対応に当たっていた首席指導主事。市教委によると、メモは重要視していなかったとみられ、遺族に渡された資料に含まれていなかった。

 同2月末、不審に思った遺族が改めて情報提供を求めたが、首席指導主事は当時の校長に「いまさら出すことはできない」などと隠蔽を指示したという。再度の情報開示請求や、第三者委員会の報告書完成が遅れることを恐れたとされ、遺族との関係悪化を心配した校長も同意した。

 同3月に神戸地裁が証拠保全決定を出し、事態はさらに複雑化。提出しなくていいか尋ねた当時の校長に、首席指導主事は「先生、腹くくってください」と隠すよう促したという。さらに、こうしたやり取りについて、上司らに相談や報告をしなかった。

 昨年8月、現校長がメモの存在を市教委に報告した後も、首席指導主事は「メモは存在しないはず」と答えたという。事態を把握した上司らも内容は第三者委の報告書に反映されている」などと、メモを半年以上放置した。

 遺族は「首席指導主事は遺族の窓口となる立場で、なぜこんな対応をされたのか信じられない」とし、市教委の一連の対応についても「本当に個人の責任なのか」と憤った。

この件に関しまして憤りしか感じません。

よくいじめ問題という言葉を聞きます。
いじめはいつの時代にもあって、今始まった問題ではありません。

なぜ、一切改善されずにいるのでしょうか?

いじめというものは被害者が存在します。
同時に加害者が存在します。
そしていじめという行為が行われた場所、学校社会が存在します。


仮に私たち第三者が学校で起きたいじめ行為に対して学校に乗り込み、いじめ問題を解決しようとしたら学校側はどうするでしょうか?

必ず
「いやいや、学校内で起こったことは学校で解決しますので部外者である皆様はどうかお引き取り下さい、」
と排除されるに決まっています。

学校側がそういう態度をとるのであれば、学校内の大人である教師や学校関係者が身を挺していじめ問題解決に動くべきですが、実際学校関係者がとる行動は、自分の身を守るためにいじめ問題から目を背け、助けを求める被害者の声を握りつぶしているのが現状です。

そもそも い じ め というひらがな3文字で表現されると罪の意識なく軽い行為だと思ってしまう部分もあると思います。
加害者の意識としてはおふざけやいたずらの延長ぐらいの意識でやっていて罪の意識を感じられない。これがいじめ行為を誘発する要因だと私は思いますが、社会に出て同じ行為を行ったらいったいどういうことになるでしょうか?

・集団で弱い立場の人間を暴行し、肉体を傷つける。
 これは暴行傷害罪で犯罪です。

・集団で弱い立場の人間を脅し、金品を要求する。
 これは人の財産を脅迫して奪う、恐喝罪、強盗罪で犯罪です。

・集団で弱い立場の人間を精神的に追い詰めて心を傷つけて怯えさせて嘲笑う。

 これも心を故意に傷つけているので暴行傷害罪で犯罪です。

これらを社会で行った場合、犯罪行為を行ったとして警察の逮捕され、法の裁きを受けます。

なぜ同じ行為を行っても社会で行った場合は逮捕、裁きを受けるのに学校内で行った場合は罪に問われないのか?

こんな理不尽なことがあるでしょうか?

いじめで自殺するという話もよく聞きますが、自分の命を奪う勇気があるなら逆にイジメた人間の人生をズタズタにしてやれ!ということも言いたくなりますが、まぁそんなこと言っては怒られてしまいますので(笑)、周囲の大人が助けてくれないのなら自殺する勇気を警察に駆け込む勇気に変えてもいいのでは?と思います。


教師、学校関係者が救いの手を差し伸べない以上、学校内であろうが犯罪に対しては警察が迅速に対応するという状況を政治が作ればいいだけだと私は思います。


そして警察がいじめ被害者を救済できるようにするのは政治の役目ではないでしょうか?


しかしこのような陰惨ないじめ事件が起こるたびに政治家は
「いじめは犯罪です」
「いじめは許せません」

といった抽象的なこれを言っておけば問題ないだろうといった発言をするだけで、まったくいじめ問題解決に対して何の意味のない発言をして終わります。

私のような無力な一国民がこの言葉を言うのなら構わないと思いますが、現職の議員がこの言葉を言うことは許せないと思います。

なぜなら、現職議員は法律や条令を整備し問題を解決する力を持っているからです。

その力を持っていて無意味な抽象的な発言でごまかすのは職務怠慢であり、いじめ加害者と同罪です。


そのような対策も全くしないで選挙前だけ、いじめ問題が~とかお涙頂戴話をしていじめ被害者を利用したポイント稼ぎをする現職議員を見ていると、ケッ、偽善者詐欺師が!と思ってしまいます。
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主権回復を目指す会 西村修平代表のブログ
西村修平が語る日本イズム 大津いじめ事件を考える より引用
http://nipponism.net/wordpress/?p=16766
【市教委に見る日本人の劣化】

大津いじめ事件だが、報道による限られた情報にたよるしかないが、その通りだとすれば教師、市教委などの対応の杜撰、デタラメ振りにただただ唖然とするばかりである。

昨今、日本人の知の劣化があらゆる分野に浸透している現象の一つと認識すれば、教師、市教委などの無責任は何も今に始まったことではなく、日本人の劣化があらゆる分野に浸透している具体例と見ればいい。

大人の結果責任に対する無責任はそのまま子供の世界に反映する。子供の世界には単純に反映するのではない。二重三重に拡大してもっと質(たち)を悪くさせて反映する。複数で、特定の人物への金銭にまで及ぶ恐喝めいた行為などは犯罪であって、警察による毅然とした捜査結果を待つしかないし、それに期待するしかない。

【イジメの最良策は反撃にあり】

そもそもイジメにまつわる事件は、通り魔的な偶発的な一回性の事件と違う。恒常的に特定の人物に対して、精神と肉体に加えられる暴力行為、つまり継続的に、執拗に加えられる暴力である。

自殺した中学生を仮にA君とする。加害者の中学生が始めからA君に犯罪行為となる恐喝を行ったのではない。最初は単純な嫌がらせからだった。初期の嫌がらせに、A君が毅然とした態度で加害者へ対峙しなかった。自分がボコボコにされようがある時点で、暴力をふるう相手の指を食いちぎってやるとか、相手の鼻が骨折する位のパンチを見舞うなどすれば、もう二度と連中はイジメに関わったりしなかったろう。

加害者にとってイジメとは「鬱憤晴らし」であって、楽しくなければならない。10回に1回でも、反撃を食らい“傷”を負っては何の「鬱憤晴らし」、楽しみになろうか。二度と手出しなどしない。反撃する奴には絶対手を出さないのがイジメの世界の法則だ。イジメに対する最大の対策、防御は反撃しかない。

自然界におけるサバンナでも同じである。草食動物が子と群れを守るために角を振り向けて突進すれば、ハイエナやライオンなどの肉食動物でさえたじろぎ退散する。テレビ・ドキュメンタリーで良く目にする光景ではないか。窮鼠(きゅうそ)猫をかむ、皆が知っている。

【イジメを増長させた無抵抗】

当初、A君は加害者へ無抵抗を、さらには迎合する態度で加害者の顔色を伺った。それでイジメが和らぐどころか、ますます加害者を増長させ、イジメが激しくなる。清涼飲料水のおごりに始まって高価な物品へ、行き着く先は金銭まで要求されるなどと、徹底的にしゃぶり尽くされてしまう。

その場その場のイジメを凌(しの)ぐ先送り、事なかれ主義がついにはA君を自殺にまで追い込んでしまった。加害者の肩を持つものではないことを断ってだが、連中はA君が自殺にまで走るとは思いもしなかったろう。

イジメられ自殺までするなら、A君はなぜ加害者を道連れにしなかったのか。死ぬならもろとも、加害者の数人でも道連れにする気力はなかったのかと。

当事者である被害者のA君が声を発しない。発したとしても、その声は余りもか弱くて、危険を知らせる“悲鳴”として周囲に響かなかったか。死者に鞭打つ気は毛頭ないが、諸々の条件下でA君は余りにも弱すぎた。
(引用以上)

同感です。
いじめというものは、自分の身が安全に事がなせるから行われるのです。
いじめ問題と国防問題は類似点があると思います。

スキが無ければ、敵はしかけてこないのです。
反撃される怖さがあれば、敵は攻撃してこないのです。


いじめの最大の防衛は反撃であり、いじめ悪化の最大の原因は無抵抗だということは認識していただきたいと思います。

そしてご自身のお子様がいじめにあった時、助けられるのは親御さんだけであるという事です。

よく、『子供のこれからを考えて学校や教師と事を荒立てたくない』と子供に忍耐を強要する保護者もいますが、いじめ問題が解決するためにいじめを発生させて保身のために目を背けている学校、教師、教育委員会に対し、戦いを挑む覚悟、気概を持っていただきたいと思います。

忍耐を強要し無抵抗を貫いてもいじめが解決するどころか、学校関係者が保身のためにいじめ問題から逃げている以上、いじめはエスカレートしていき、行き着く先は社会生活障害、引きこもり、自殺への道です。

お子様の未来がその道へ進んでも学校、教師に気を使って黙ってていいのですか?

いじめ問題の一番の解決手段は「断固いじめ問題と戦い粉砕する」これしかないのです。


最後に私が講演を聞きに行き、形だけいじめ相談員(←相談解決の経験がないので)として在籍させていただいているいじめ問題解決団体をご紹介いたします。


いじめから子供を守ろう ネットワーク

http://mamoro.org/
無題

もし、ご自身のお子様がいじめ被害者となってしまって親御さんご自身での解決が難しい場合、ご相談されてはいかがでしょうか?


文責:日本未来の会 桑野繁樹

Google(YOUTUBE)によるチャンネルアカウント削除凍結による言論弾圧に対する声明【日本未来の会】

近頃、数多くの右派系のYOUTUBE動画チャンネルが、YOUTUBE運営(Google社)によって削除凍結される事案が続出し、私が管理する【街宣動画チャンネル】でも朝日新聞本社前での抗議街宣動画が操作規制がかけられている

YOUTUBE運営(Google社)からの通告メール
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⇩私からの異議申し立てに対するYOUTUBE運営(Google社)からの回答メールa
どこの部分の文言、ワード、言論表現が問題があるという明確な理由が提示、説明がされていない。


思想、主義主張、表現の自由に規制をかけるには規制の理由文言、ワード、表現を明確にする義務がある

それが欠けた規制はただの言論弾圧でしかない。

Google社(YOUTUBE)明確な理由を一切語らず言論弾圧を行い、一方的に個人の財産たる映像を当人に対し、事前保存等の映像保護の猶予も与えず削除に走っている事は完全な個人財産権保護に対する暴挙である。
断じて許せる話ではない。

私はこのようなGoogle社による言論弾圧、個人財産はく奪などの暴挙に対し、肝心な時になると泣き寝入りする他のネトウヨ保守の輩と違い、絶対に屈せずに糾弾していきます

文責:日本未来の会 桑野繁樹 


YOUTUBE運営による言論弾圧された問題?街宣活動動画を別動画投稿サイトにて投稿しました。

平成30年4月20日】祝!『サンゴ記念日』29周年!朝日新聞社前抗議街宣
【FC2動画】https://video.fc2.com/content/20180606046a1Ut3
【ニコニコ動画】http://www.nicovideo.jp/watch/sm33323448


大相撲 救命処置女性に土俵下りる指示に対する所感【日本未来の会】

大相撲の世界において土俵上に女人禁制の伝統があるのは理解します。

それなら最初から男性のみで救急手当をすればよかったのに。

女性が処置していた時、その場にいた男性は何をしていたんですか?

処置できなかったのなら女性を排除する資格は無いですよね?

女性しか処置できるスキルを持ち合わせていなかったのなら一度土俵の下に降ろしてから処置をさせてもよかったのではないですか?

そのような最善策も取らずに自分は救急処置も行わずに
(知識、技能がなく行うことが出来ず?)
マイクで偉そうに女性に対し土俵から降りろと言う資格はあるのか?と感じます。


「 女性の方は土俵から下りて下さい! 」
http://seaside-horizon.com/sumoukyoukai

AEDというものは、着ければそれで命が助かるというものではなく、胸骨圧迫というマッサージを分/120回のテンポで強く行うことも併用しなければならないもので、実際映像ではこの知識、技能を得ている女性が土俵上で懸命にマッサージを施しており、一刻を争う救命措置に尽力されていました。
この一件は賛否両論あると思いますがこの部分を理解して考えて頂きたいと思います。

政治や社会問題、思想云々の話になるとどうしてもゴリゴリの石頭思考になってしまうものですが、人命がからんだ緊急性の時はもっと柔軟な思考でものを考えたいものです。


緊急救命処置には様々なケースでこのような問題が発生します。
ですので私は国民全員が救命スキルを持つべきであると主張しています。

参照】
国の為、日本の為と言うのなら罵声よりも相互救助社会の実現を求めるべき

http://kuwano-channel.blog.jp/archives/20291161.html

緊急時に善意で救命処置して(後述しますがAED装着時は胸部を裸にしなければならないので路上で服を脱がせる必要がありますし、骨が脆くなっている年配者に対する胸骨圧迫マッサージは骨折覚悟で行うことになります)後で文句言われたり訴えられる可能性もありますので、身近な人が処置できればそのような被害も減るでしょうから。

あと、AEDは傷病者(倒れて処置を受ける人)に使う場合、胸部を裸にしないとできないので、路上でそのような処置を受けることを考えると周囲の目に対する配慮として目隠し用小型のシーツ類もAED器具とセットで用意していただきたいと提案いたします。

文責:日本未来の会 桑野繁樹


【参照記事

救命女性に土俵下りる指示 一連の対応に波紋も
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180405-00170298-nksports-fight
大相撲の春巡業が4日、京都・舞鶴文化公園体育館で行われ、あいさつをしていた多々見良三舞鶴市長(67)が土俵の上で倒れた。スタッフや観客らが心臓マッサージなどを施したが、その中に含まれた女性に対して土俵から下りるようアナウンスがあった。場内アナウンス担当の若手行司が、周囲の観客にあおられて慌てて口走ってしまったという。市長は命に別条はないが、精密検査を受けるために舞鶴市内の病院に入院した。

 多々見市長があいさつを始めてから約2分が経過した午後2時6分ごろ、土俵の上で倒れた。場内は騒然となり、呼び出しやスタッフが土俵に上がり、観客とみられる複数の女性も加わって、心臓マッサージを施した。別の呼び出しがAEDを手にかけつけ、救急隊員が到着しかけた時、「女性の方は土俵から下りてください」との場内放送が繰り返された。女性は医療関係者との情報もある。市長は倒れてから約3分後、担架で運ばれた。

 舞鶴市役所の広報課によれば、市長は病院に搬送されたものの意識はあって、命に別条はなく、応対もできるという。今日5日にも精密検査を受けるため、そのまま舞鶴市内の病院に入院した。広報課は「土俵を下りるようにとの放送が2、3回あったと聞きました。市長はもともと外科医でタフ。周りの者もびっくりしています」と話した。

 大相撲の土俵は古くから「女人禁制」とされており、この慣例に従った形だが、一連の対応は波紋を広げそうだ。地元関係者は「会場は騒然としていた。みんなが大丈夫かなと思っている時に、場違いなアナウンスだなと思った」と話した。

 人命救助の場で、なぜそのようなアナウンスが流れてしまったのか。日本相撲協会の関係者によれば、一部の観客から「なぜ女性が土俵に上がっているんだ」との指摘があり、場内アナウンスを担当していた若手行司が慌ててマイクを通じて促してしまったという。

 この日の春巡業は舞鶴市の市制施行75周年を記念して催されていた。

日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)

市長のご無事を心よりお祈り申し上げます。とっさの応急処置をしてくださった女性の方々に深く感謝申し上げます。応急処置のさなか、場内アナウンスを担当していた行司が「女性は土俵から下りてください」と複数回アナウンスを行いました。行司が動転して呼び掛けたものでしたが、人命にかかわる状況には不適切な対応でした。深くおわび申し上げます。

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