気になった記事を見つけましたので感想を述べさせていただきたいと思います。

私は新嘗祭を否定する気持ちは一切ございません。

今まで長い間、多くの方々によって受け継ぎ続けられてきた伝統行事は愛国心などを抜きにしても敬わずにはいられない魂や神様が宿っていると私は思っています。

今のような化学や天候予測、バイオテクノロジーの未開の世界でここまで農作物を育て農業、そして治水、河川開発を発達、開発された先人に対して感謝の心を捧げる思いです。
そのような世界であったからからこそ豊穣に対する感謝と祝いの想いが新嘗祭に込められたとも思われます

しかし下記の記事には違和感を覚えます。
ここに出てくる店員とのやりとり、これに今まで多くの先人の方々の想いが継がれてきた新嘗祭の精神、伝統とどうつながるのでしょう?

世間には新嘗祭について理解がある方ばかりではございません。
竹田さんはそんな多くの方々を片っ端から捕まえて怒鳴りつけるのでしょうか?

もしそのようなことをすればされた方からしてみれば、それこそ価値観や思想の押し付けで日本の伝統文化に対する嫌悪感を植え付けるだけではないでしょうか?
結果、多くの先人の方々の想いが継がれてきた新嘗祭の精神、伝統が途絶えてしまうと私は危惧してしまいます。
さらに最後に(面白くするために脚色してあります。悪しからずご了承下さい)とあり、店員に「天皇陛下万歳!」と叫ばせます。

これに何の意味があるのでしょう?

意味わからず怒鳴られた後で叫んだ「天皇陛下万歳!」に当人の真心が籠りますでしょうか?

このような行為を果たして天皇陛下がお望みになるのかどうか?

慈愛あふれる陛下の御心を悲しませるだけのように思います。
(私ごときが陛下の御心を推測すること自体不敬で恐縮ですが)

日ごろから皇室を論じ、国家を論ずる竹田さんほどの方が、笑いのネタで新嘗祭や天皇陛下を引き合いに出したのでとても悲しく思います。

皆様はどうお思いでしょうか?


以下竹田恒泰氏のブログから引用
http://ameblo.jp/takeda-tsuneyasu/entry-11934250252.html
この時期、僕は、そわそわします。
新米を口にしないように気をつけているからです。
飲食店に入って、こんな会話になったりします。

僕「お米は新米ですか」

店員「はい、もう新米を使っております」

ピキッ(僕の血管が切れる音)

僕「天皇陛下が新米を控えていらっしゃるのに、俺が新米を食えるかぁ~! バッカも~ん!!」

店員「……」(わなわな)

僕「店のオーナーに、日本人なら、新嘗祭が済むまで、新米は出すんじゃないと伝えておくように」

店員「にっ、にいなめ??」

ピキッ(2本目の血管が切れる音)

僕「キサ~ン! 日本人じゃないんか! 日本人ならそのくらいのこと知っておけ~!」

店員「はっ、はいっ。。。」

僕「いいか、天皇陛下は、毎年11月23日に神々に新米を差し上げる新嘗祭という祭祀をなさるんだ。それまで陛下は新米を口になさるのを控えていらっしゃる。それまで新米を口にしないというのが、日本人の美徳なんだぁ!! わかったか!」

店員「天皇陛下万歳!」
(面白くするために脚色してあります。悪しからずご了承下さい)