横綱・日馬富士が酒席で後輩力士の貴ノ岩に対する傷害事件を起こした相撲界のゴタゴタは、当事者日馬富士が引退して一応の終結と言う流れになっているようですが、この一件に対していろいろな意見があるようですね。

相撲は日本古来からの伝統国技で云々~、伝統文化で云々~と言われる方もいるようでその御意見はごもっともでケチつける気は毛頭ございませんが、現在相撲界は多くの外国人力士が誕生し、上位にいる現実を考えたら、その外国人力士に伝統だ、文化だ、しきたりだと言ってもどれだけそれらのものを守り受け継いでいこうという気持ちがあるのか疑問ですし、仮にそういう意識であるのならそれらを求めても無駄のようにも思えます。

実際、当の相撲協会が相撲人気、営業利益至上主義にのみ目を奪われ、そのような伝統、文化と言う認識を忘れているようにも感じます。
上に立つ人間がその体たらくで誰がそのようなものを継承させ、指導していくのか?
誰がそのようなものを受け継いで学んでいくのか?

教育する場も、教育する人間もない環境で現役力士に意識や学習意欲がないと怒れる人間はいないと思います。

彼ら外国人力士にとっても相撲は、古事記にも由来話が出てくる日本の伝統文化である国技の精神を継承する存在と言うよりも、金になる職業格闘技の一つと言う認識ではないのでしょうか?
それがけしからんと怒るのは滑稽に感じます。

日本人でなければそのような意識を持てというのは無理な注文だと思います。
外国人力士が入り込んできた時点でそのような意識は滅び去り終わったと認識した方がいいと思います。

日馬富士は引退会見で『先輩として、後輩力士の礼儀を正すことは義務と思っている』と言っています。

参照記事:【日馬富士引退会見詳報】
http://www.sankei.com/west/news/171129/wst1711290062-n2.html
要は後輩の将来を案じ、過ちを起こさないようにと思って叱ったと会見で言っているわけですが、しかし私はこの発言について、疑問に思います。

はたして日馬富士は【怒る】と【叱る】の違いを理解しているのか?と感じたわけです。

私はその違いを
・自身が感情的に怒りを爆発させることを【怒る】

・相手の将来を案じ、間違った道を歩んで過ちを犯さないようにという思いやる気持ちで冷静に対処して間違いを分からせることを【叱る】
だと定義しています。

そこには相手に対する思いやりや愛情、心配する気持ちがあるべきだと思います。
これは親子間の躾で誰もがご理解されていることだと思います。


本当に後輩を思いやり、将来を案じるのなら
・なぜ酒の入っている飲み会などでなく酒が入っていない場で指導しなかったのか?
・最初に説教していた白鵬が止めに入ったのを突き飛ばしてまで暴行を続けた日馬富士に貴ノ岩に対する【思いやりや愛情、心配する気持ち】があるとは感じられません。

本当に叱るのなら一目を避け二人きりで言えば相手も言を受け入れる事もできるでしょうが、多くの人間の前で面罵したら受け入れる説教も拒絶してしまいませんでしょうか?
そこの部分だけ見ても日馬富士は人に上に立つには勉強不足ではないかと思いました。

貴乃花は政界同様、ガチガチの旧態依然の相撲界を変えるべく、革命を起こそうという意気込みがあるようで大変結構です。
しかし、私怨や権力欲で突っ走ると判断を誤り、本人が愛する相撲の伝統文化や思想までも破壊してしまうかもしれませんよ。
ご注意されたし・・・


とりあえずは横綱の首を取った貴ちゃんの勝利になるのかな?
spn_spnbiglb-20171130-0113-006-p-0_thum630
日本相撲協会第65回理事会に臨む貴乃花親方=11月30日、両国国技館

元祖ヒール横綱でマフィアチックな貴ちゃんの服装に苦言・批判が雨のようにあるようですが・・・
貴ちゃん、ドンマイwww


文責:日本未来の会 桑野繁樹