2015年05月

排外主義より国籍関係なく日本社会ルール厳守させるシステムを

まだご理解なさっていない方がいるようですが私たちの社会生活を脅かす害は国籍ではなく犯罪行為です。
外国人を締め出しても犯罪行為が減少しない限り、安全な社会にはなりません。

一番大事なのは国籍関係なく一歩日本社会に足を踏み込んだ以上日本社会のルールを厳守させること。
犯罪行為には国籍問わず厳罰に処すこと。
安全な社会を守るにはこれが重要。
東京オリンピックが開催される前には絶対法整備も実行システムも完成させてほしい。

排外主義カウンター

言論活動って?

本来、言論活動は社会の不条理によって泣き苦しむ弱者の為に権力の巨悪の力を粉砕するのが目的ではなかったのか?

私心を満足させるために個人の好き嫌いで対象を決定し集団で相手の弱みを攻撃する。
その活動に社会生活の向上につながる点は一切ない。
集団で自分より劣る弱者を攻撃し優越感に浸る。
そこに言論活動の矜持は微塵も感じられない。

どいつもこいつもいい加減にしろよ!
そんな馬鹿げたことに時間を費やすほど今の日本社会は平和で問題ない社会なのか?
もし、日本がそんな平和社会なら言論活動自体、必要ないのではないか?

財界の営利至上主義を撃つ「経団連事件」檄文

二十一世紀書院代表取締役 蜷川正大先生のブログ 「白雲去来」より転載させて頂きました。



三島由紀夫・森田必勝烈士と楯の会会員が、自衛隊を衷心から敬愛し、かつ信頼していながら敢えてあの市ヶ谷台の挙に及んだに等しく、われわれも敢えて今日この「檄」を日本財界首脳諸氏に対して叩きつける。

大東亜戦争の敗北によって、廃墟と化した戦後日本の復興に、財界が少なからぬ寄与をし、如何にその指導的役割を果たしてきたか、これまでの歴史的事実を、われわれは決して軽んずるものではない。
しかしその反面において、諸君らの営利至上主義が、どれほど今日の日本を毒し、日本の荒廃と混迷を促し、社会世相の頽廃を煽ってきたか、その罪状看過すべからざるものがある。ロッキード疑獄が投じた政治の混乱は、国民の政治不信を抜き差しならぬところまで追い込み、自由社会の根幹をすら揺るがすに至っている。

それだけではない。

日本の文化と伝統を慈しみ、培ってきたわれわれの大地、うるわしき山河を、諸君らは経済至上主義を持ってズタズタに引き裂いてしまった。環境破壊によって人心を荒廃させ、「消費は美徳」の軽薄思想を蔓延させることによって、日本的清明と正気は、もはや救い難いところまで侵蝕されている。
自ら生んだ子供をコイン・ロッカーに平然と遺棄する異常の社会を、君らは、君らが意図したか否かは別として、現実として構築し続けてきた。
営利至上主義の犠牲となった薬品公害患者の苦悩を、君らは一度でも、真摯に顧みたことがあるのか。
水俣病患者・スモン病患者の心痛に対して、一度でも敬虔な反省をもったことがあるのか。
大昭和製紙等に見られる無責任きまわるヘドロ公害、または瀬戸内海を死の海へと追いたてている現実の大企業体質を、君らは一度でも虚心に直視したことがあるのか。

祖国民族あるを忘れ、大衆国民のあるを軽んずるこの天を恐れぬ諸君らの所業は、必ずや日本を、否、全人類をも亡ぼすこと必至である。
しかし、われわれの悲願は、ヤルタ・ポツダム体制そのものの打倒にあるのだ。
したがって、諸君らのみをたんに弾劾するつもりはない。
日本は、大東亜戦争の敗北によって無条件降伏を強いられたが、アメリカを中軸とした戦勝国は、戦後処理を徹底的に日本民族の弱体化に置いて敢行して行った。
瞭然たる史実である。
その結果が、現今、眼前に晒されている日本の姿である。
物質的に豊かになったと言う美辞に弄されているのは錯覚である。

日教組の目に余る偏向教育は、青年たちから夢や浪漫や祖国愛を奪い、連帯感や責任感の喪失を顕著にして重大な社会問題を提し、マスコミ、殊にマンモス化した新聞の横暴と跳梁は心ある人々の慨嘆と怨嗟の声を集めている。
政治の混迷は祖国日本の基盤そのものさえ揺るがし始めている。

東洋の君子国と謳われた日本の栄光は、いまやかけらほども見出すことができない。
すべては日本民族の弱体化を眼目としたヤルタ・ポツダム体制の歴史的呪縛にその源泉を見る。
だがしかし、この三十年間に及ぶ戦後体制を最も強力に支えて来た勢力が、金権思想・営利至上主義の大企業体質そのものであったことも韜晦をゆるされぬ事実である。
われわれはかくのごとく断じ敢えてこの挙に及ぶ。

古代ローマは平和を貪ることによって自ら亡んだ。
祖国日本が同じ轍を踏むのを座して看過できない。
日本を亡ぼしてはならない。
営利至上主義のために「祖国」を見失ってはならない。
憲法改正!
安保廃棄!
天皇陛下万歳!
YP体制打倒青年同盟  

日本財界首脳諸君へ

国民運動って何だろう・・・

別のメディアで投稿した記事ですが思いのほか反響が高かったのでこちらでも投稿いたします。

自分の承認欲求を満たすために組織に入り込み組織や他人の名を使い好き勝手行うものがいる。

まるで犬が散歩中に尿をかけ自分の居場所をキープするように居場所(陣地)を求め様様な組織に入り込み自分の嫌いな人間が近寄ると組織の関係者でもないのに排除するために暗躍する。

そのような人間が入り込んだ組織は知らぬうちに様々なトラブルを抱え込むことになり知らぬうちに悪名まで頂戴することになる。
そのような人間に入り込まれた組織は不運だったとしか言えない。

そのような人間のズルい点の共通点はあたかも組織の名を使いながら立場が悪くなったり追及されると一参加者や無力な人間を装い被害者面をする。

日頃からお世話になり、本当に感謝の念があるのなら恩義ある組織や名前を使って自己表現は避けて自分の名で責任で表現するべきではないでしょうか?
 


この記事を読んで「これは私のことを言っているのですか?」といった質問メッセージが何人もの方から届きましたが
この投稿はある特定人物を指しているのではありません。
私もそうですがこれを読み、もしかしたら自分のことかも?と感じた方に自省の為の一つのアイテムとして利用していただけたら幸いです。

巷の一部ではよく言論活動のスローガンにきれいごと禁止といった言葉がありますがそもそも国民運動とは政治や社会問題に関心の無い方に対し訴える事ではないのでしょうか?

なぜ訴えるのか?
社会の問題点を多くの方に理解してもらい政治がおかしい!行政はしっかりやれ!といった声を大きくして問題点を改善する、これが目的でしょう?

支持してもらうにはまず、忙しい中わざわざ足を止めて話を聞いてもらわなければなりませんし、話を聞いてもらうにはその前にこちらに振り向いてもらわなければなりません。
こちらに振り向いてもらうにはこちらに心を開いてもらう必要がございます。
それには安心感を感じさせることも大切ですしそれには社会常識ある言動の上に立った活動が必要だと私は思っています。

社会常識から外れた行動や言論で多くの人の心を動かせるでしょうか?
そのようなもので心を動かせるのは同じ非常識な連中だけではないでしょうか?

日本社会、日本国民が言論活動、国民運動をひっくるめて反社会活動と誤解されないような言動が常日頃から不可欠なのではないかと自戒の意味を込めて今回、述べさせていただきました。

アメリカで慰安婦問題のせいで日系人いじめって本当にあるの?

私はこの左翼運動家と言われている方は全く存じ上げてはいないのですがよく保守界隈ではこのように慰安婦問題のせいで日系人が学校でいじめにあっていると言った話が流れてきます。
しかし以前、アメリカで活動されている人やロイター通信の記者の方にそのことを尋ねてみたところそんな話は一切聞いたことないし慰安婦問題自体、特定の思想の方や活動家や政治家を覗くとほとんどのアメリカ国民は知らないし関心もないのが現実だそうです。
それが事実でしたら普通、これが原因でいじめなどは起こらないはずですが・・・

本当にこれらの話が事実でしたら当事者の話を出すべきですね。

いくら慰安婦問題を粉砕したいからって嘘はいけませんし、嘘を使ってはいくら本当の話を訴えてもその話すら嘘だと信じてもらえなくなります。
そちらの方が問題です。


 信用は築くのは大変、失うのは一瞬。 

以下記事引用。
慰安婦像が原因の日系児童イジメを報じた青山繁晴氏を嘘つき呼ばわりするフェミサヨ運動家
http://togetter.com/li/806168
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