"政策がよいから、日本のために戦っているから"幸福実現党を支持します、でいいのですか?イメージに騙されてうっかり1票、大後悔の6年にならないように

幸福の科学を信仰していないけど、政策が良いから幸福実現党を支持するという方もまれにいます。
(私もそうでした・・・)

しかし、過去に幸福実現党に所属していた大江
康弘議員のように、いずれはこんな末路が待っているという事を覚悟して判断された方がいいと感じます。

 

下記のサイトページでの信者らしき人間のコメントを見ると組織の実態が分かるような気もします・・・。

 

さらには今、意見がぶつかっている大川宏洋氏のYouTubeチャンネルの動画に書かれている信者らしき中傷攻撃コメント幸福の科学関連のHPや動画サイトの大部分を割いての大川宏洋氏攻撃に用いていますが、これがこの団体が世に伝えたい主張なのでしょうか?

 

一体その発言のどこが日本国内にいる方の幸福に結びつくのでしょうか?

 

これらを見て社会から、幸福の科学ならぬ攻撃の科学・報復の科学と思われても仕方ない内容だと思います。

 

これでは、本気で政治活動を行う気があるのか?一部で政治ゴッコ、お遊戯会と揶揄されるのもあながち悪質な物言いではないのでは?とも感じてきます

参照記事:やや日刊カルト新聞20101228日号

幸福実現党・大江議員が離党「天上界の声、受け入れられず」

http://dailycult.blogspot.com/2010/12/blog-post_7399.html

12月28日、幸福実現党唯一の国会議員であった大江康弘参議院議員が、同党からの離党を正式に発表しました。本紙の取材に対して大江氏は、11月の沖縄県知事選告示の1週間前にすでに離党届を提出していたことを明らかにしました。


■“武士の情け”で沖縄知事選前に離党届

 大江氏は12月28日午前0時、自らのサイト上で「後援会の皆さまへ」「離党にあたって、党員の皆さまへ」と題する2本の文章で、離党を報告しました。
大江氏は、11月28日に投票が行われた沖縄県知事選挙をめぐって、「最後の砦である仲井真知事を守」るべきとして、現職の仲井真弘多氏を支持。独自候補擁立にこだわる幸福実現党と対立していました。


 このとき大江氏は本紙の取材に対して「選挙後にけじめをつける必要を感じる」と語っていましたが、実は当時すでに幸福実現党に離党届を提出していたといいます。

「本当は沖縄県知事選告示日の11月11日に離党届を出そうと思ったが、武士の情けで1週間前の11月4日に離党届を提出しました。(独自候補擁立にこだわる)党の翻意を期待してのことです。しかし(幸福実現党の)金城竜郎氏の立候補は覆らず、離党に関しては党は選挙が終わる28日まで結論を待ってほしいとのことだった」(大江氏)

 大江氏は離党届を出した事実を公表せず結論を待ったそうです。しかし11月28日が過ぎると、党は離党を考え直してほしいなどと言って、話が先延ばしになってしまっていたとのこと。

「しかし私は翻意するつもりは全くありませんでした。1月には通常国会が始まるし、自分としては新たな気持ちで国会に臨みたかった。党には、今年いっぱいで結論を出してほしい、そうでなければ自分はすでに離党したものとして行動する、と伝えていた」(大江氏)

 こうして、12月28日の離党発表となったわけです。

■“天上界の声”を受け止めきれなかった

 大江氏は公式サイトで、幸福実現党に入党した際のことを、こう振り返っています。

 

【大江康弘Official Website 2010年12月28日】離党にあたって、党員の皆さまへ

(略)

入党の翌日、党本部に呼ばれ「選挙対策本部長の肩書きを外して欲しい」等、およそ、入党前とは違う指示であり、いささかびっくりしましたが、入党して2日目に「あまりもめるのも良くない」との思い、せっかく 重大な決意で入ったところでもあったので、黙って言われるままにしてきました。

(略)


 党からのこの指示について、大江氏は「天上界からの指示だ」と聞かされたといいます。

11月の沖縄県知事選に党が独自候補を擁立することについても、“天上界の指示であり、大川隆法総裁先生の許可も頂いている”というようなことを言われました。こう言われてしまうと、議論によって覆せる話ではない。私が幸福の科学に入信していれば少しは違ったかもしれませんが、信仰心が足りなかったということ」(大江氏)

離党の直接の引き金は沖縄県知事選ですが、入党当初からすれ違いがあったようです。

「私は、信者ではないのに所属議員であることが、自分の存在感だと考えていました。党にとっては、信者以外の有権者にすそ野を広げていくチャンスだった。沖縄県知事選において仲井真氏を支持することも同様です。しかし、そのことを党に理解してもらえなかった。私も、天上界の声をしっかり受け止めきれなかった」(大江氏)

 実は本紙・藤倉も、大江氏の入党の際、この点を危惧していました。入党会見で大江氏に「政策に99%賛同しているとのことだが、それが天上界からの助言も含めての政策である点も賛同しているのか?」と質問しました。そのとき大江氏は「その点は今後勉強していきたい」と語っていましたが、結果的には、やはりこの部分が党との決裂のポイントになっていたように見えます。




■役員会にも呼ばれなかった

しかし信仰面だけではなく、政党における大江氏の扱いについても、通常の政党とだいぶ勝手が違ったようです。
入党後、国会対策委員長になった大江氏ですが、党の役員会にはほとんど呼ばれなかったそうです。


「私が出席したのは、7月の参院選の後に党本部で行われた反省会と、9月に入ってから五反田の幸福の科学本部で開かれた、全国幹事長会議だけ。国会対策会議については、党内で開かれていたかどうかは知りません。私が入党した後に国会も党も参院選モードに突入していたからという事情もあって、私が国会対策について特に党と打ち合わせをしたこともない。私の方も党に対して“国会対策と言ったって、1議席ではどの党も相手にしてくれない。(国対委員長なんて)実質的な意味はないよ”と言っていました」(大江氏)

 同党唯一の議員なのに、役員会にも呼ばず、国会対策を打ち合わせることもない。選挙戦略についての意見も受け入れない。大江氏は「自分の信仰心が足りなかった」としていますが、大江氏に対する幸福実現党の扱い方も、ずいぶんなものだったように思えます。

(略)(引用以上)

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参照記事:週刊ポスト 2011年1月28日号

幸福実現党を離党の大江康弘議員「天上界の声」が理解できず

https://www.news-postseven.com/archives/20110120_10475.html

 

昨年11月の沖縄県知事選で、「幸福の科学」信者の応援むなしく独自候補が落選した「幸福実現党」。
実はこの選挙をきっかけに党は虎の子の国会議員を失ってしまった。
昨年5月に入党した党唯一の国会議員、大江康弘参議院議員が、知事選をめぐって党と対立。
昨年末に離党してしまったのだ。

大江議員が経緯を語った。

私は信者ではなく、保守の考え方に賛同し入党しました。だから、7月の参院選で惨敗したときから“内部で理想論だけいっているのではなく、自分たちのウイングをどのように広げていくかもっと考えなければならない”と厳しくいってきました。そこで現実的な策として、県知事選は現職の仲井真弘多知事を応援すべきと主張しましたが、連絡もなしに独自候補の擁立が決められてしまった。理由を聞いても、『天上界の声があって、大川(隆法)総裁先生も了解している』というだけ。それをいわれたら最後通告ですから」

 離党を決断した大江議員だが、入党以来、「天上界の声」に悩まされてきた。

「入党宣言した記者会見の翌日、いきなり選対本部長を降りるよういわれたのです。『実は天上界からの声があった。会見の反響が大きすぎて、大江議員は党首を超えてしまった。それはまずい』と。私自身の信仰心も足りなかったから、天上界の声といわれても理解できませんでした」
 
 当の大川隆法総裁に会ったのは一度きりだった。

「党幹部からいわれたのは、『大川総裁先生が現職の政治家とお会いするのは先生がはじめて。総理経験者の安倍晋三さんや麻生太郎さんが面会を求めたが会いませんでした』と。そういうところがおかしいんですよ。東大や京大卒がいるエリート宗教団体だけど、永田町の現実を知らないんです(引用以上)

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これをお読みいただいて皆様はどうお感じでしょうか?

 

自前で国会議員を誕生させることができないクセにポスト、権力を渡さないとの嫉妬もみっともないのですが、自分たちが主導権を取るために、最初交わした約束を簡単に反故にするって政治として以前に人間としてどうなんですか?と思います。

平気で約束を反故にする人間がいくら政策で良いことを言っても本当にその政策を実行するのか信用できなくなりますよね

 

幸福実現党は、ぱっと見は今の社会に必要だけど他の政党が口をつぐんでいることを言っているので特に保守、右派思想の方は応援したくなるかもしれませんが、政治の本質とは言うことだけではなく、ブレずに、逃げずに、崩れずに、言った政策を実行、実現することにあります。

 

今現在、いろいろな人間が保守を自称していますが、そもそも保守とはいったい何なのでしょうか?

何を保守する志で政治を行っているのでしょうか?

 

私自身は保守を名乗ったことはありませんが、私の考える保守とは

 

保守というのは、国家を大事にすることです。

祖国を大事にする。
皇室を尊び、先祖を敬い、先人が歩み支えてきた過去の歴史に敬意を表し、そして国家の独立を厳守する。

私は国を愛する、それが保守の本質だというふうに思っております。

私は、ここで保守とは何だと問いましたが、そこになければならないのは、国家という認識です。

基本的人権も、あるいは福祉も経済的な繁栄も、強く豊かな国の独立があって初めて実現できるものです。

保守というのは、もしそれを破壊しようとする者がいるとするならば敢然と立ち向かう、これが保守の本質であるはずです。

しかし、幸福実現党保守を名乗りながら民族の文化、価値観、団結を破壊する移民大量受け入れを掲げています。

 

北朝鮮のミサイル攻撃阻止を掲げながら知らぬ間に引っ込め、日本民族の名誉を守る戦いと慰安婦問題を取り組むアピールをしながら党首が韓国に行き帰って来た途端、「慰安婦問題は名誉とかもありますが北朝鮮問題に比べたら大した問題ではない、小さな話。嫌韓は止めろ」放り出す。

これが保守の政治的態度でしょうか

 

これを見ても彼らの"日本の為に戦う"政治がどれだけテキトーでいい加減か、が分かります。

それでも"政策がよいから、日本のために戦っているから"幸福実現党を支持します、でいいのですか?と感じます。

 

民主主義において日本の国の主権者、権力者は政治家でも役人でもなく国民が日本国の主権者権力者であり、政治家は国民に雇われた期間限定付きの契約社員にすぎません。


選挙とは主権者たる国民によって日頃の政治家の仕事ぶり、政界に対し審判を下す神聖な行為です。

真剣に考えている有権者の方が、うっかり1票、大後悔の6年にならないように、しっかりと各政党、各候補者を厳しく見定め、私たちが胸を張って自分が選んだ議員だと言える人物を選択していただきたいと思います。


「愛」だ「救い」だ「天使」だ「正義」だは結構だけど、このような行為ってどうなの幸福実現党サン?

私が4月に行われた統一地方選挙に出馬し、最下位で落選したことはご存知だと思います。

(豊島区だけではなく23区内で最低得票数の桑野でございます(笑)とウケ狙いの自虐ネタを言っていましたが実は最下位ではなかった模様です)

 

直後だと落選したひがみ逆恨みだと思われるので黙っていましたが、もう時間も過ぎましたので笑いのネタとして話してもいいかな〜という事で、区議会選挙の時にやられた地味〜な嫌がらせ妨害について話そうと思います。

加害者は日頃「愛」だ「救い」だ「天使」だとほざいているあの政治団体です。

 

最初に断っておきますが、この行為で落選しただの、票が減っただのと言うことは一切思っていません。

それはあくまで私の候補者としての魅力不足、努力不足の結果であると思っています。

 

しかしこのような行為を放置して選挙でのモラル低下になることは日本国民一人一人の立場から見ても有益ではありません。
参議院議員選挙が行われている現在、選挙活動のモラル改善につながればと思い、投稿させていただきます。

 

 

さて選挙中、幸福実現党にプチ妨害?されました。 

 

最終日、選挙活動も大詰めを迎え、巣鴨駅前で自転車に拡声器乗せて駅前で演説していたらいきなり幸福実現党選挙カーがやってきて「すみません、隣でやらせてください」といい10mの近距離でいきなり選挙カーの大音量で連呼し出しました。

どういうことになるか分かりますよね。

当然私の手持ちの拡声器の声はかき消され、さらに10人ほどで駅前をジャックし、怪しい?(これは言いすぎか)ビラを配り出す始末。

ぱっと見、通行人の方々から見たら私も幸福実現党陣営に見られてしまいますよね。(それはとってもイヤだなぁ)

 

 これが日頃、愛だ、寛容だ、正義だ、神だとご高説垂れている連中の行いですよ。

幸福の科学アンチと言われている方が感情的になる気持ちが分かる気がする体験でした。 

 

もし、自分たちが同じような行為をされたらどのように思うでしょうか?
妨害だ!言論封殺だ!訴えてやる~!と人一倍眉を吊り上げて怒り狂うのではないでしょうか?

よく政治は~と言いますが、政治云々以前に人として恥ずかしくない言動あってこその政治であり、有権者の代弁者である政治家だと思います。

 

区議会議員選挙は狭い豊島区を60人近い候補者が遊説活動する各陣営ともに厳しい選挙です。

 

しかし限られた場所と時間、各陣営ともお互い場所を譲りながら配慮し合い、有権者に対し少しでも多くの判断材料を提供することを念頭に持って活動されていたように思います。

 

日頃幸福実現党関係者、支持者が散々悪人扱いして非難している共産党や公明党の候補者陣営だってこんな事しないで紳士的な態度で選挙中接していただきました。

 

それをあの党は・・・

人を批判できるだけの人間としてのモラルを自分たちは持ち合わせているのでしょうか?

 

ちなみにここからはウケ狙いの笑いネタになりますが、選挙が始まるずっと前ここの党首様は私に「党として出来る限り御支援させていただきます」という事を言いながら実際は何もしないだけか、逆に対立候補をぶつけてきました

正直ご支援を〜と言われてイヤだな〜困ったなぁどう断ろうかと思っていたので結果は良いのですが

 

 しかし、自分から言い出した事を無かったかのように振る舞い、反対に攻撃してくる詐欺のような行為にこの団体の人間性、倫理観が見えというものです。

 

政治とは特別なものではありません。

 

朝起きて部屋を出て、電車に乗り、仕事をし、お昼ご飯を食べて仕事に戻り、また電車に乗って我が家に帰り家族との時間を過ごす。

このすべてにかかわる事すべてが政治なのです。

民主主義において日本の国の主権者、権力者は政治家でも役人でもなく、国民が日本国の主権者権力者であり、政治家は国民に雇われた期間限定付きの契約社員にすぎません。


選挙とは主権者たる国民によって日頃の政治家の仕事ぶり、政界に対し審判を下す神聖な行為です。

 その選挙に関わる人間は政治家以前に人として恥ずかしくない行動を心掛けるべきだと思います。
それが有権者の方々に対する最低限の礼儀です。

そのような目で私たちの代弁者である議員を選ぶ選挙であってほしい、有権者として胸を張って政界に送り込める議員を誕生させてほしいという願いから今回、私が選挙に出馬した時のことを書かせていただきました。

皆様はどうお感じになったでしょうか?

食生活の改善、栄養学の既成概念の検証、学校給食の見直しによる食育向上で【日本一健康で長寿な街づくり】【明日の日本を担う子供たちの育成】の実現を

元長野県知事の著書を読むと、長野県では【ピンピンコロリ】と言う言葉があるということです。

年をとってもピンピンしていて、元気だな~と思ったらコロッと亡くなってしまうことを言うようです。

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長野県佐久市にある「ぴんころ地蔵尊」

ぴんぴん(健康で長生きし)ころり(寝込まず楽に大往生する)という願いから「ぴんころ地蔵尊」と命名。
健康長寿にあやかろうと県内外から多くの人が“ぴんころ詣”に訪れる、全国的にも有名な観光スポットです。

このようにありたいという思う方も多いようですが、この風潮を人権派だ、知識人と称する人間が「介護、世話からの忌避と非難しているようですが、意味わからんですね。

おそらく、多くの方が人に迷惑をかけないで人生を終わらせたいと思っているのではないかと思いますがどうでしょうか?

それはいいとして、なぜ、今の医学的にも情報網が発達している状態で、地域によって平均寿命に差が出てくるのか?

それは食生活の違い、生活環境の違いが多大に影響していると思います。

 

食育と言うと今までは、おいしく、楽しく、恵みと生産者の方に感謝し残さない、と言ったことだけが取り上げられてきましたが、地域の食習慣を研究し、何が日々の健康生活にいいのか?今までの栄養学の常識を今一度精査し直す時期に来ているのではないでしょうか?

 

長野県上田市にある真田中学校は以前、いわゆる荒れていた学校で、ここで校長が給食をパン食を発芽玄米混じりの米食に切り替えコメも地元、野菜も卵も果物も地元の穫れたてを使ったメニューに切り替え、結果、荒れていた学校は非行がゼロになり、平均学力も向上したそうです。

荒れていた学校が文字通り、健全な学びの場になったとのことです。

「食」について、学校給食を和食に変えてみたら、長野県の真田中学校の経験から学ぶ
https://www.youtube.com/watch?v=Au2okwkeCzQ

 

戦後、アメリカ給食制度を定着させました。

昭和22年に全国都市の児童約300万人を対象とした学校給食が始まり昭和27年には、全ての小学校を対象に給食が始まりました。

その時の国民の食事や栄養事情からしたら必要だったかもしれません。

最初はアメリカから指導された脱脂粉乳とコッペパンが中心の食事でした。

その後、昭和30年代には、肉食中心の洋食が広く普及していきました。

しかしこれは結果として、国民から伝統的な日本の健康食を奪い、子供の味覚を強引に変えさせ、洋食を好むようにさせ日本へ洋食品を大量に輸入させる為の米国の先を見越した策略もあったのではないでしょうか?

 

その結果が子供たちの心身を蝕み、非行化が顕著になり、がんをはじめとする成人病や食品アレルギーの増加です。

 

現に戦後の日本社会の変化として

・血栓やがん、糖尿病などの、成人病の激増。
・精神疾患が爆発的に増加。
・慢性的に体調不良を訴える人の増加。
・子どもの体力が低下しキレやすい子供の増加。
・アトピーやアレルギー疾患が増大。

これは戦後の日本国民の食生活の変化が影響していると思います。

 

学校給食は、そのような食事を全国の生徒に一斉に食べさせるので、大多数の子どもの味覚を異常にさせてしまいます。

その結果、生活習慣病、成人病が爆発的に増えました。

昔、がんは老人病と呼ばれていましたが、

今は20、30代でガンで亡くなる人が増えています。

たかが1日に1回の給食と思われるかもしれません。

しかし、味覚を作る大切な時期に、歪んだ食生活を植え付けられる恐れも学校給食は持ち合わせています。

 

それらの事実を真摯に受け止め、誤った食生活の改善を社会として真剣に取り組んでいけるかどうかが、長寿で、健康でいられるか大きなポイントとなります。

今後、これを防ぐには国は何をするべきなのか。

れは日本国民、特に子供達に日本人本来の健康食である伝統和食を戻し、病気をしない心と体を養うことを推進することこそ政治が力を入れるべき政策ではないでしょうか。

今、医療費が肥大し、社会保障、医療の充実の名のもとに消費税増税が言われていますが、それで本当に問題が解決するのでしょうか?

国民が病気をしない環境作りこそ真の予防医学であり、将来の日本国の医療費の削減に繋がる、いま政治がやらなくてはならない政策だと私は思います。

 

現代医療業界、製薬会社も、病人とは彼らにとってお客様であり、いかに利益を生むか、すなわちいかに病人を増やすかを考えています。
ここに
票欲しさの政治家が乗っかり、国民の金を医療界に垂れ流し、国民を医療漬けにしているのが現状です。


本来、医者とは患者の病気を治すことであり、薬の長期大量投与ではありません。

 

いかにしたら、心も体も健康な国民を形成するか。
その答えは、
食習慣を中心とする生活環境の改善しかありません。

成長期に何を食べるかで、人生の期間、健康を左右します

国民が健康でいられるか、病弱かで国家の社会、経済、産業も伸びるか衰退するか変わってきます。

国家が占める社会保障の負担も変わり、その結果、数十年後の日本の国力影響が出てきます。

国民が元気に活躍することが国家を発展させる国力の根本です。

たかが給食と思われるかもしれませんが、次の時代に国家を支える子供たちに誤った給食を食べさせ続けることは、国の力を衰えさせ、崩壊させる原因です。

 

いまこそ、日本の伝統食習慣の原点に返るべきなのです。

 

自然なもの、季節のもの、その土地で摂れるもの、伝統料理。

私たちの先祖代々、先人たちの知恵の結集によって受け継がれてきたものを後世に伝える事こそが、これからの日本を守るため、私たちで守りたいものです。

 

桑野しげきの政策提言としまして、食育向上で心身ともに健康な街の実現として、 食生活の改善、栄養学の既成概念の検証、学校給食の見直しによる食育向上で【日本一健康で長寿な街づくり】【明日の日本を担う子供たちの育成】を目指します。

 

参照記事:給食をコメに変えたら、非行・犯罪がゼロになった!? ——長野県上田市の学校給食革命
https://www.chichi.co.jp/web/20181124uedashi_kyusyoku/

 

長野県上田市真田町。以前は子供の非行・犯罪が絶えなかったというこの小さな町は、いまや全国でも抜きんでた学力を誇る一地域へと変貌を遂げた。この変革の立役者が、上田市元教育委員長の大塚貢氏である。大塚氏はいかに子供たちの心を掴み、健康を取り戻していったのか。その一部始終について語っていただいた。

 

荒み切った学校に赴任して

私が中学校の校長になったのは、平成4年でした。生徒数1200名の大規模校でしたが、その荒れ方はもう非行なんてものじゃないですね。立派な犯罪です。強盗、窃盗も多いです。学校の廊下をバイクで走ったり、窓ガラスは次から次へ割られ、不登校も常に60~70人いました。

そこでまず、取り掛かったのは授業の改善でした。徹底的に研究授業をやって、「こうしたらどうか、ああしたらどうか」と先生同士が互いに切磋琢磨し合う。
またそれぞれが教材研究や指導方法を研究していくと、次第に授業のレベルが上がっていきました。

授業がおもしろいかどうかのバロメーターは、なんと言っても子どもの姿勢です。

机に伏している子がほとんどいなくなり、みな姿勢を正して授業に臨むようになりました。

いま、学級崩壊とか子どもが本気で勉強しないとかいいますが、99%は授業がつまらないのを子どものせいにしているだけだと思います。

♦問題の根源は食にあった!?

朝礼で子どもたちが貧血でバタバタ倒れたり、遅刻したり、登校しても保健室にいるので、これはもしかしたら食と関係があるのではないかと思いました。平成4年の頃で、まだ「食育」などという言葉もなかった時代です。


全校生徒の食の調査もやりましたが、朝食を食べてこない子どもが38%。
その子たちもやはり非行や犯罪まがいのことをしたり、いじめなどに加担していたりする。あるいは無気力な生徒が多かったです。

ただ、朝食を食べていると答えた生徒にしても、実態はほとんどがパンとハムやウインナ、それと合成保存料や着色料、合成甘味料の入ったジュースです。
そして夜はカレーや焼肉が多かったですね。

こういう食事ばかりではカルシウムやミネラル、亜鉛やマグネシウムといった血管を柔らかくしたり、血をきれいにする栄養素はまったく摂取できません。

だから子どもたちの血液がドロドロで、自己コントロールができない体になって、普段は無気力でありながら、突如自分の感情が抑えきれなくなってしまう。
いくら「非行を起こすな、いじめるな、勉強を本気でやれ」と言ったところで、体がついていかないのです。

そういったことをPTAの席でお話しして、「なんとかバランスのよい食事をつくってください」と呼びかけたところで、いまの若いお母さん方にはまったく聞き入れてもらえませんでした。

♦給食をコメ主体に切り替えた

そうして赴任した翌年の平成5年からは、週6日のうち5日間を米飯給食に切り替えました。米飯もただの白米ではなく、血液をきれいにし、血管を柔らかくしてくれるGABAが含まれる発芽玄米を10%以上加えたのです。

7か月後あたりから学校全体が落ち着いてきましたね。いまでもよく覚えているのが、4月のPTA総会の前に私が1時間ばかり校舎のタバコの吸殻を拾って歩いたところ、スーパーの大きなビニール袋がいっぱいになったのです。
それを総会で見せたところ、保護者たちから、「大塚校長が来てから風紀が乱れたんじゃないのか」と言われましたがね、米飯給食を始めてから7か月後には、吸殻が1本もなくなりました。

1年半から2年がたつ頃には、非行・犯罪はゼロになり、同時に子どもたちの学習意欲も高まっていきました。

荒れていた時は図書館なんて誰も利用しませんでしたが、子どもたちが変わってきてからは、昼休みは図書館の120席がすぐに満席、座れない子は床に腰を下ろして読んでいるのですが、そこもいっぱいになると廊下にまであふれ出てくるような状態になりました。

もちろん、図書館司書が本に関するクイズを出したり、先生の読書感想文を校内放送で流したりと、様々な工夫をしましたが、やはり食によって子どもの心と体が変わってきたことが大きいと思います。


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